雪の降る夜は、あいつが死んだ日を思い出す。一面の銀世界でひときわ目を引く一点の赤。モノクロの世界に染みをつける鮮烈な紅。じわじわと雪を侵食していくそれを、僕はただ呆然と見つめるほかなかった。
「あの日も、雪が降っていたんだ」
 自分の口から漏れ出た言葉に僕自身驚いた。思わず止まりそうになった足を、何でもないように無理やり動かす。同級生の塚本と久しぶりに飲みに行った帰り、僕と塚本は寒空の下二人並んで家路についていた。酒には強いつもりだが、少し酔ってしまったのだろうか。
「……あの日って?」
ちらり、と隣を歩く塚本が僕の表情をうかがったのが分かる。それに気がつかないふりをして、僕は前を向いたまま続けた。
「姉さんが死んだ日」
あいつ――僕の三つ上の姉である笹原恵は、五年前交通事故で亡くなった。
「実はその時、僕もその場にいたんだ」
 薄く積もった雪に僕たち二人の足跡が残っていく。このまま降り続けるなら、明日にはそれも無くなっているだろう。踏みしめた雪の音が、静かな路地裏に吸い込まれていく気がした。
「塾の帰りに、なんだか家に帰りたくなくて、遠回りしてた。いつもはそんなことしないけど、その日はたまたま。その途中で、女の人が車に轢かれて……。なんとなく見覚えがある気がしたけど、救急車とかは周りの人が呼んでたから僕は帰ったんだ。あまり帰りが遅くなると叱られるし」帰宅した僕はいつもより少し遅く眠りについた。家に姉の姿はなかったけれど、あいつが夜どこかへ行って朝帰りすることは珍しくもなかったので、とくに気に留めてはいなかった。
「次の日、家に警察の人が来て、姉さんのこと聞かれた。あの女の人が僕の姉さんだったって、その時初めて知った」でも僕は何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。自分には関係ないと目をそらしてその場を離れたことが、急に恐ろしくなって。
 少しの間、二人とも無言になる。静けさが僕らを包み込む。それは一瞬だったはずだけど、随分と長く感じられた。何故今になってこんな話をしているのか、自分でもわからない。不意に、塚本が立ち止まった。
「じゃあ、見てたのか」
予想とは違う言葉に僕も立ち止まり、数歩後ろにいる塚本を見やる。俯いていて表情はわからない。
「塚本?」
「俺が……たところを」
低く、小さな声で呟いているせいで、ところどころうまく聞き取れない。
「そういうことだよな。わざわざ今その話をするってことはさ」
「お前何言って、」
「オレは悪くねぇ!」
 鬼のような形相でそう叫ぶと、塚本は僕を突き飛ばして走っていった。数秒後、けたたましいクラクションが響き、続いて何か重いものがぶつかるような鈍い音がした。塚本が走っていった方を見ると、ちょうどトラックから運転手らしき人が出てくるところだった。路上に積もった雪が、歩行者用信号機の明かりを反射して赤く光っていた。